龍門洞窟
Longmen Grottoes
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時間の物差し
前3000年起点 493年現在
成り立ち
中国河南省、古都洛陽の南で伊河の両岸に石灰岩の崖が向かい合う。北魏の孝文帝が都を平城(今の大同)から洛陽に移した後、493年にここで仏教の石窟が掘られ始めた。最初の古陽洞は孝文帝によるもので、続く宣武帝は父母をしのんで賓陽三洞を開いた。
掘削が最も盛んだったのは唐の時代で、今ある窟の約60%は626年から755年の間にできた。675年には奉先寺洞が完成し、高宗と武則天のもとで大仏が刻まれた。薬方洞には病の治し方を記した140の銘文が残る。
崖の約1kmにわたって2300を超える窟や龕があり、仏像は約11万体、碑文は2800に及ぶ。造営は北宋の時代に衰えた。2000年、北魏から唐の中国美術を最もよく示すものとして世界遺産に登録された。
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