エチミアジンの大聖堂と教会群ならびにズヴァルトノツの考古遺跡
Cathedral and Churches of Echmiatsin and the Archaeological Site of Zvartnots
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時間の物差し
前3000年起点 301年現在
成り立ち
アルメニアのエチミアジンは、古くはヴァガルシャパトと呼ばれた。伝承では、ティリダテス3世がキリスト教を国の宗教とした後、301年から303年に啓蒙者グレゴリオスが異教の神殿の上に大聖堂を建てた。今の建物の中心は、ペルシアの侵入で傷んだ後の483年か484年にヴァハン・マミコニアンが建てたものである。
1441年に再びカトリコスの座が置かれ、今もアルメニア使徒教会の本部である。1604年にはペルシアのアッバース1世が聖遺物や石を新ジュルファへ持ち去った。近くには618年の聖フリプシメ教会、630年の聖ガヤネ教会が立つ。
ズヴァルトノツ聖堂は643年にカトリコスのネルセス3世が建て始めた3層の円い聖堂で、10世紀に崩れた。地震によるとされることが多い。2000年、これらの教会とズヴァルトノツの遺跡が世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。