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アレキパ市の歴史地区
写真: 「Arequipa-sta-catalina-c07」Colegota / CC BY-SA 2.5 es / Wikimedia Commons · トリミングあり

アレキパ市の歴史地区

Historic Centre of Arequipa
WHC 10162000年登録16.40°S 71.53°WWikipedia 10言語

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時間の物差し
前3000年起点 1540年現在

成り立ち

アレキパはペルー南部、チリ川の谷にある都市である。インカ以前からヤラバヤやチンバなどの人々がこの谷に住み、灌漑水路と段々畑で砂漠の中の農業を営んでいた。1540年8月15日、フランシスコ・ピサロの部下フアン・デ・ラ・トーレとガルシ・マヌエル・デ・カルバハルが、カマナにあった町を移す形でこの地に町を築いた。翌1541年、スペイン王カルロス1世の勅令で市の格を与えられた。

町は白い火山岩シジャールで築かれた。17世紀にはサン・アグスティン、ラ・メルセー、サン・フランシスコの教会や、サンタ・カタリナとサンタ・テレサの女子修道院が建ち、18世紀にはカサ・デル・モラルやカサ・トリスタン・デル・ポソのような邸宅が、バロック様式の門を備えて建てられた。1582年の地震、1600年のワイナプティナ火山の噴火、1784年の地震のたびに町はシジャールで建て直され、それがいまの町並みの姿を決めた。

ユネスコは、植民地時代の親方とクリオーリョや先住民の石工が、欧州と先住民の建築技術を組み合わせて築いた町としてこの歴史地区を評価している。厚い壁、アーチとヴォールト、中庭、そして細かなバロックの装飾がその特徴である。2000年、歴史地区の332haが世界遺産に登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。