ベニ・ハンマードの城塞
Qal'at Bani Hammad
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時間の物差し
前3000年起点 1007年現在
成り立ち
アルジェリア北部ホドナ山地の標高1418mに、ハンマード朝の最初の都カルア・ベニ・ハンマードの遺跡がある。1007年、ブルッギーン・イブン・ズィーリーの子ハンマードが城塞を築いた。町は1017年にズィール朝の包囲に耐えた。
11世紀の地理学者バクリーは、マグリブ、イラク、シリア、エジプト、ヒジャーズから隊商が集まる商業の中心と記した。長さ7kmの城壁の内に宮殿と住まいが並び、モスクには高さ20mのミナレットが残る。
1090年、バヌー・ヒラールの脅威を前に町は捨てられ、1152年にムワッヒド朝に壊された。発掘は1908年に始まり、1952年から1956年に再開された。1980年に世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。