ダーウェント峡谷の工場群
Derwent Valley Mills
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時間の物差し
前3000年起点 1771年現在
成り立ち
イングランド中部ダービーの上流、ダーウェント川の谷で工場制が生まれた。始まりはダービーにロム兄弟が建てた絹の工場で、イタリアの機械の設計をもとにしていた。綿では、リチャード・アークライトが1769年に水力紡績機の特許をとり、1771年にクロムフォードの土地を借りて工場を建てた。
アークライトは労働者のためにクロムフォードの村を広げ、工場と住宅を組にした。この形は谷じゅうにまねられ、学校や礼拝堂、市場をもつ村が工場のまわりにできた。ジェデダイア・ストラットは1776年から1781年にベルパーとミルフォードに、トマス・エヴァンズは1782年にダーリー・アビーに工場を建てた。1788年にはイギリスにアークライト型の工場が200以上あった。
19世紀の最初の25年で、綿工業は原料と市場に近いランカシャーへ移り、谷の綿工業は衰えた。工場と村は別の用途に使われながら残り、北のマトロック・バスから南のダービー中心部近くまで24kmの範囲が2001年に世界遺産に登録された。
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