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ギマランイス歴史地区とコウルス地区
写真: 「Guimaraes Portugal Praça-de-S-Tiago-01」Photo by CEphoto, Uwe Aranas or alternatively © CEphoto, Uwe Aranas / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

ギマランイス歴史地区とコウルス地区

Historic Centre of Guimarães and Couros Zone
WHC 10312001年登録41.45°N 8.29°WWikipedia 13言語

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時間の物差し
前3000年起点 950年現在

成り立ち

ギマランイスはポルトガル北部の町で、12世紀にポルトガルという国のまとまりが生まれた場所とされる。950年、伯爵夫人ムマドナ・ディアスがこの地にサンタ・マリア修道院を建て、自らも修道女となった。修道院を守るため、彼女は町の高台に砦を築かせた。ノルマン人やムーア人の襲撃に備えたもので、968年12月4日の遺言補足書には「建てられたばかり」と記されている。

11世紀末、ポルトゥカーレ伯エンリケが城を大きく広げて住まいとした。1128年のサン・マメデの戦いは、のちのポルトガル独立のきっかけとなった。城と修道院のまわりには上の町と下の町が生まれ、15〜19世紀の建物が伝統的な材料と技法で建て継がれた。城は1937年から国の機関が修復を進め、1940年6月4日に再び公開された。

旧市街は2001年に世界遺産に登録された。2023年9月19日の第45回世界遺産委員会で、かつて皮なめしで栄えたコウルス地区が加えられた。地区と川の名はこの皮革の仕事に由来し、19世紀から20世紀初めのなめし場や職人の家が残る。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。