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雲崗石窟
写真: Marcin Białek / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

雲崗石窟

Yungang Grottoes
WHC 10392001年登録40.11°N 113.12°EWikipedia 51言語

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成り立ち

北魏は平城、今の山西省大同に都を置き、仏教を国の宗教とした。都の西約16kmの武周山の砂岩の崖に、5世紀半ばから石窟が掘られた。最初の5つの窟は僧の曇曜がつくった。

465年までが第1期で、471年ごろから494年までの第2期には宮廷の支えで双窟などが開かれた。494年に都が洛陽へ移ると宮廷の援助は終わり、その後は私的な寄進で525年まで掘られた。南アジアと中央アジアの仏教美術が中国の伝統と出会った姿を見せる。

石窟は252、仏像は5万1000体に及ぶ。遼の時代の1049年から1060年に窟を守る10の寺が建てられたが、約60年後に焼けた。窟5と6の前の木造の建物は1621年のものである。2001年に世界遺産に登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。