ヤヴォルとシフィドニツァの平和教会群
Churches of Peace
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時間の物差し
前3000年起点 1648年現在
成り立ち
1648年、三十年戦争を終わらせたウェストファリア条約により、神聖ローマ皇帝フェルディナント3世が直接治めるシレジアの世襲領では、住民の多数を占めていたルター派が信仰の自由とほとんどの教会を失った。スウェーデンの外交的な働きかけで、3つの教会を建てる許可だけが得られた。
皇帝の条件は厳しかった。町の城壁の外の指定された場所に、木と粘土だけで、塔を持たず、1年以内に建てることである。建築家アルブレヒト・フォン・ゼービッシュは伝統的な木骨造の技術を使い、ヤヴォルに聖霊教会を1654〜1655年に、シフィドニツァに聖三位一体教会を1656〜1657年に建てた。何層にも重なる回廊を持ち、木骨造の宗教建築としてヨーロッパ最大である。
1652年にグウォグフに建てられた3つ目の教会は1758年に焼失した。残る2つは素朴な外観に対して内部はバロックの装飾で埋められ、1945年以降もルター派の教区教会として使われている。2001年に世界遺産に登録された。
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