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マサガン(アル・ジャジーダ)のポルトガル都市
写真: 「Forteresse Jadida 03」M. Rais / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

マサガン(アル・ジャジーダ)のポルトガル都市

Mazagan
WHC 10582004年登録33.26°N 8.50°WWikipedia 10言語

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時間の物差し
前3000年起点 1502年現在

成り立ち

マサガンはモロッコの大西洋岸、カサブランカの南西約90kmにある。1502年、ポルトガルの船長ジョルジェ・デ・メロがこの地に上陸し、古い塔に立てこもった。1514年夏、ポルトガルはその塔を取り込んで4つの塔をもつ長方形の城塞を築き、設計はディオゴとフランシスコのアルーダ兄弟が担った。

サアド朝がポルトガルを沿岸の拠点から追い出し始め、1541年にサンタ・クルス(今のアガディール)が落ちると、ジョアン3世はアザンムールとサフィを引き払い、マサガンを大きな城壁都市に広げた。稜堡と城壁は、大砲の発達に応えたルネサンス期の築城の初期の例である。同じ1541年に城塞の地下の部屋が貯水槽に改められ、この貯水槽と被昇天の聖母教会は後期ゴシックのマヌエル様式で建てられた。

1769年、ポルトガルはモロッコに残った最後の領土であるこの町を放棄し、住民の多くはブラジルへ送られてノヴァ・マザガンを築いた。町はスルタン・ムハンマド・ブン・アブドゥッラーの手に渡ったあと長く荒れていたが、19世紀に再建され、1820年に「新しい町」を意味するアル・ジャディーダと名を改めた。2004年に世界遺産に登録され、2023年9月の地震では教会の塔にひびが入った。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。