写真: 「In Calakmul, Mexico (8726963632)」Pavel Kirillov from St.Petersburg, Russia / CC BY-SA 2.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり
カラクムル
Calakmul
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時間の物差し
前3000年起点 前500年現在
成り立ち
カラクムルは、ユカタン半島中南部の熱帯林にあるマヤの都市である。紀元前500年ごろから紀元1000年ごろまで、この地域で人口と社会が育った。7世紀、カーン(蛇)王朝はジバンチェからカラクムルに都を移した。
カラクムルはティカルと張り合う大国となり、562年には王スカイ・ウィットネスがティカルを破った。636年に即位したユクノーム・チェーン2世の時代に最も栄えたが、695年にティカルとの戦いで敗れてから力は衰えた。9世紀から10世紀にかけての古典期マヤの崩壊で、町はほぼ捨てられた。
1931年12月、生物学者シルス・ランデルが空からこの遺跡を見つけ、「隣り合う2つのピラミッドの町」を意味するカラクムルと名づけた。2002年に3000haの遺跡として登録され、のちに周りの森を含む33万1397haに広げられて、自然と文化の両面で評価される遺産となった。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。