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サン・ジョルジョ山
写真: 「Lago di Lugano3」MadGeographer / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

サン・ジョルジョ山

Monte San Giorgio
WHC 1090bis2003年登録45.92°N 8.95°EWikipedia 47言語

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時間の物差し
前3000年起点 1847年現在

成り立ち

サン・ジョルジョ山は、スイスとイタリアの国境、ルガーノ湖のほとりに立つ森に覆われたピラミッド形の山である。三畳紀中期の2億4500万年前から2億3000万年前、ここは沖の礁に守られた熱帯の潟だった。爬虫類や魚、二枚貝、アンモナイトなどの海の化石に加え、陸に近かったため陸の爬虫類や昆虫、植物の化石も出る。

1847年、イタリアの古生物学者ジュリオ・クリオーニが初めてこの山の化石に触れ、1854年にはエミリオ・コルナーリアが最初の論文を出した。20世紀初めには油を含む頁岩の採掘が再開され、1908年に開いたスピニローロの工場は頁岩から軟膏をつくった。その採掘に目をとめたチューリッヒ大学のベルンハルト・パイヤーは、1924年から1938年まで組織的な発掘を行い、多くの新種を見つけた。

1943年にはミラノ市立自然史博物館が爆撃を受け、この山の化石の収蔵品が失われた。1950年にはパイヤーの弟子エミール・クーン=シュナイダーが発掘を再開した。スイス側は2003年に世界遺産に登録され、2010年にイタリア側が加えられて、範囲は1089.34ヘクタールになった。2010年までに集められた標本は2万1000点を超える。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。