高句麗古墳群
Goguryeo tombs
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時間の物差し
前3000年起点 427年現在
成り立ち
高句麗は朝鮮半島の北部から中国東北部に広がった古代の強国で、427年に都を平壌に移した。高句麗古墳群は平壌と南浦の周辺、主に山のふもとにあり、王や王族、貴族の墓と考えられている。東明王陵や安岳3号墳が含まれる。
中国と朝鮮半島で見つかった高句麗の墓は1万を超えるが、壁画をもつものは約90しかない。墓は石の部屋に土を盛った形で、壁画には衣服や食べ物、住まい、葬儀の習わし、仏教や道教にかかわる絵、四神が鮮やかな色で描かれている。
墓の多くは過去1000年の間にひそかに掘り返され、副葬品の多くが失われた。2004年、北朝鮮で最初の世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。