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ウム・アル=ラサス
写真: Daniel Kirk / Public domain / Wikimedia Commons · トリミングあり

ウム・アル=ラサス

Umm ar-Rasas
WHC 10932004年登録31.50°N 35.92°EWikipedia 40言語

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成り立ち

ウム・アル=ラサスはヨルダン中部、マダバの南東、半乾燥の草原の縁にある遺跡である。ローマ軍の駐屯地として始まり、5世紀から町になった。教会の銘文はこの地を「カストロン・メファア」と呼んでいる。遺跡の大半は今もがれきの下にある。

町には16の教会があり、その多くに床モザイクが残る。最も重要な聖ステファノ教会のモザイクには、エルサレムやガザ、アレクサンドリアなどパレスチナとエジプトの町の姿がギリシャ語の名とともに描かれ、6人の職人の名も記されている。銘文から、このモザイクはイスラムの王朝が支配していた8世紀後半に作られたとわかる。

遺跡の北約1.6kmには高さ14mの石の塔が立つ。柱や塔の上で独り祈る「柱頭行者」の住まいとみられ、これほど完全に残る例はほかにない。1986年からエルサレムのフランシスコ会聖書研究所が発掘を進め、2004年に世界遺産に登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。