ノヴォデヴィチ女子修道院
Novodevichy Convent
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時間の物差し
前3000年起点 1524年現在
成り立ち
1524年5月13日、モスクワ大公ヴァシーリー3世は、1514年のスモレンスク奪回を感謝してノヴォデヴィチ女子修道院を開いた。モスクワ川の渡しを見下ろす市の南西にあり、町を守る修道院の連なりの1つだった。最も古いスモレンスク大聖堂は1524年から1525年の建物とされる。
16世紀から18世紀、修道院はツァーリの家の女性や貴族の娘たちが入る場所だった。1680年代、摂政ソフィア・アレクセーエヴナが修道院を大きく改め、モスクワ・バロックの教会や高さ72mの鐘楼(1683〜1690年)が建てられた。ソフィアは弟ピョートル1世との争いに敗れ、のちにここに閉じ込められた。
12の塔をもつ壁に囲まれ、「小さなクレムリン」とも呼ばれる。17世紀からほとんど姿を変えておらず、2004年に世界遺産に登録された。
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