ホージャ・アフマド・ヤサヴィー廟
Mausoleum of Khoja Ahmed Yasawi
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時間の物差し
前3000年起点 1389年現在
成り立ち
カザフスタン南部のトルキスタン、古くはヤスと呼ばれた町に、12世紀のスーフィーの師ホージャ・アフマド・ヤサヴィーの廟が立つ。1389年、ティムールは12世紀の小さな廟に代えて、大きな廟の建設を命じた。
工事はティムールが死んだ1405年に止まり、一部は未完のまま残る。それでもティムール時代の建物で最も大きく、最もよく残るものの1つである。焼成れんがで高さ38.7mの長方形の建物に35の部屋があり、主室の上には中央アジア最大の円錐球形のドームがかかる。
彩釉タイル、アラバスターのムカルナス、クーフィー体の銘文などの新しい試みは、ティムール様式の始まりとなり、帝国の各地に広がった。今も中央アジアから巡礼が訪れる。2003年、カザフスタンで最初の世界遺産に登録された。
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