パサルガダエ
Pasargadae
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時間の物差し
前3000年起点 前550年現在
成り立ち
パサルガダエは、ペルシア人の故地パールス、現在のファールス州にキュロス2世が築いたアケメネス朝最初の都である。前6世紀、キュロス(在位前559〜前530年)は前550年にメディア王アステュアゲスを破った地の近くにこの都を置いた。
宮殿群は「四つの庭園」と呼ばれる庭の配置のなかに建てられ、のちの西アジアの建築の原型となった。ムルガーブ平原に立つ石灰岩の墓はキュロスの墓とされ、6段の基壇の上の墓室は長さ3.17m、幅と高さ2.11mある。かつては「ソロモンの母の墓」と呼ばれていた。アッリアノスによれば、アレクサンドロス大王はペルセポリスを略奪した後にこの墓を訪れ、アリストブロスに中へ入るよう命じた。
1905年にエルンスト・ヘルツフェルトが初めて調査し、1928年に発掘を行った。1961〜1963年には英国ペルシア研究所のデイヴィッド・ストロナックが発掘を率いた。遺跡は1931年にイランの国の文化財となり、2004年に世界遺産に登録された。
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