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開平楼閣と村落
写真: 「Zili Village Yunhuan Lou 0005」Stefan Fussan / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

開平楼閣と村落

Kaiping Diaolou and Villages
WHC 11122007年登録22.26°N 112.52°EWikipedia 16言語

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時間の物差し
前3000年起点 1500年現在

成り立ち

開平は広東省の村々が集まる地方である。漢代から中原の漢族が移り住み、稲作と漁を営む越の人々と交わって、風水にもとづく同族の村をつくった。16世紀からは、川をさかのぼってくる北からの匪賊と度重なる洪水に備えて、村人が「碉楼」と呼ばれる防御の塔を建て始めた。1649年に開平県が置かれると治安はよくなり、清代には碉楼はあまり建てられなかった。

16世紀半ばから村人は沿岸で交易を始め、1839年には貧しい農民が村を出てアメリカへ渡った。これが大きな移民の流れの始まりで、多くの人がマカオや香港を経てアメリカ、カナダ、オーストラリアへ向かった。海外で蓄えを得た人々は故郷に送金し、帰って目立つ塔の家を建てた。富が集まると匪賊に狙われ、1912〜1930年には71件の匪賊事件が記録されている。開平に残る1833棟の碉楼のうち1648棟、約9割が1900〜1931年に建てられた。

1930年代の不況と1940年代の戦争で建設は止まった。1949年の中華人民共和国の成立後、匪賊はなくなり治水も進んで、碉楼の役目は消えた。29世帯が出資して建てた天禄楼は、1936年、1965年、1968年の洪水で住民の命を守った。4つの村群の代表的な碉楼20棟が、2007年に世界遺産に登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。