チョガ・ザンビール
Chogha Zanbil
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時間の物差し
前3000年起点 前1250年現在
成り立ち
チョガ・ザンビールは、エラム王ウンタシュ・ナピリシャ(在位前1275〜前1240年)が前1250年ごろ、イラン南西部の現在のフーゼスターン州に築いた宗教都市である。古い名はドゥル・ウンタシュ(「ウンタシュの町」)で、主にインシュシナク神にささげられた。中心のジッグラトは一辺105.2m、高さ約53mの5層だった。
出土した銘入りの煉瓦は5257点にのぼり、そのうち67点はアッカド語で書かれている。町は完成しないまま、前7世紀半ばにアッシリア王アッシュールバニパルによって破壊された。ジッグラトは今、高さ24.75mしか残っていない。
石油探査中の地質学者が銘入りの煉瓦を見つけたのをきっかけに、ロラン・ド・メケナンが1935〜39年と1946年に調査と発掘を行った。1951〜1962年にはロマン・ギルシュマンが6シーズンにわたって発掘した。遺跡は1979年に世界遺産に登録された。
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