アッシュール
Assur
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時間の物差し
前3000年起点 前2600年現在
成り立ち
アッシュールはイラク北部、ティグリス川のほとりにある。イシュタル神殿の最古の層は初期王朝時代第III期(紀元前2600〜前2350年)にさかのぼり、町は約3,000年にわたって人が住み続けた。古アッシリア時代には、アナトリアのキュルテペまで結ぶ交易網の中心だった。
シャムシ・アダド1世(在位前1808〜前1775年)はこの町を征服して宗教上の都とした。紀元前14〜前9世紀にはアッシリア帝国の最初の首都で、国家神アッシュールの町として王が戴冠し、葬られる場所であった。アッシュールナツィルパル2世(在位前884〜前859年)は、都をカルフ(ニムルド)へ移した。
アッシリア末期、町はメディアとバビロニアの軍に攻め落とされたが、パルティア時代に行政の中心として復興し、1,000基を超える墓が見つかっている。2003年に世界遺産に登録された際、ダム計画による水没のおそれから同時に危機遺産となった。2015年には過激派組織ISの支配下に入った。
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