サラズム
Sarazm
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時間の物差し
前3000年起点 前3500年現在
成り立ち
サラズムはタジキスタン北西部、パンジャケントの西15km、ザラフシャン川の左岸にある遺跡で、名は「大地の始まる所」を意味する。遊牧民の山の牧草地と、農業と灌漑に向いた広い谷の間にあり、紀元前4千年紀から紀元前3千年紀の終わりまで人が住んだ。
畑で見つかった遺物をきっかけに、1977年にタジキスタン科学アカデミーのアブドゥッラー・イサコフが発掘を始めた。住民は農業と牧畜に加えて金属の生産も行い、町は錫と銅を加工して道具や装身具を作る地域の中心になった。土器から、イラン高原やバルチスタン、トルクメニスタンとの交流がわかる。
交易の広がりはインダス川流域やインド洋にも及び、のちのユーラシア横断の交易路が生まれる土台になった。「サラズムの王女」と呼ばれる墓からは紀元前4千年紀半ばのビーズの首飾りが出た。2010年に世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。