StoodmarkEN
サラズム
写真: 「Sarazm,area12-W」Bertramz / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

サラズム

Sarazm
WHC 11412010年登録39.52°N 67.57°EWikipedia 38言語

Wikipediaで記事がある言語の数を、世界での知られ方の目安にしています。行った人・行きたい人の数は、利用者が増えてから表示します。

アプリで記録する

朱印・行きたい・立った年は、iPhoneアプリで記録します。

時間の物差し
前3000年起点 前3500年現在

成り立ち

サラズムはタジキスタン北西部、パンジャケントの西15km、ザラフシャン川の左岸にある遺跡で、名は「大地の始まる所」を意味する。遊牧民の山の牧草地と、農業と灌漑に向いた広い谷の間にあり、紀元前4千年紀から紀元前3千年紀の終わりまで人が住んだ。

畑で見つかった遺物をきっかけに、1977年にタジキスタン科学アカデミーのアブドゥッラー・イサコフが発掘を始めた。住民は農業と牧畜に加えて金属の生産も行い、町は錫と銅を加工して道具や装身具を作る地域の中心になった。土器から、イラン高原やバルチスタン、トルクメニスタンとの交流がわかる。

交易の広がりはインダス川流域やインド洋にも及び、のちのユーラシア横断の交易路が生まれる土台になった。「サラズムの王女」と呼ばれる墓からは紀元前4千年紀半ばのビーズの首飾りが出た。2010年に世界遺産に登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。