シンクヴェトリル
Thingvellir National Park
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時間の物差し
前3000年起点 930年現在
成り立ち
『植民の書』によれば、アイスランドへの入植は874年に始まった。人口が増えると、族長たちは南西部の有力な一族の力を抑えるためにも全島の集会を求めた。殺人の罪に問われた者の土地が公有とされて集会に使われることになり、930年夏、この「集会の野」シンクヴェトリルで最初のアルシングが開かれた。
アルシングは毎年夏に約2週間開かれ、法を定め、争いを裁いた。法の宣言者は「法の岩」に立って法を暗唱し、人々は芝土と石の壁に布の屋根をかけた仮小屋に泊まった。この仮小屋の跡は約50残っている。伝統的に1000年とされる年には、アルシングがキリスト教を国の宗教と定めた。集会がここで開かれたのは1798年が最後である。
19世紀、シンクヴェトリルは民族主義の象徴となった。1928年の法律で遺跡を守るアイスランド初の国立公園とされ、アルシング創設1000年の1930年に設立された。谷は北アメリカプレートとユーラシアプレートの境の地溝にあり、アルシング創設以来、谷底は3〜4m沈んだ。2004年に世界遺産に登録された。
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