写真: 「Cevennes Florac Mimente depuis Causse Mejean」Photo: Myrabella / Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり
コースとセヴェンヌの地中海農牧業の文化的景観
The Causses and the Cévennes, Mediterranean agro-pastoral Cultural Landscape
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成り立ち
フランス中南部のコースとセヴェンヌでは、約3000年にわたって高地の農牧業が景観をつくってきた。青銅器時代には森の広い範囲が羊や牛の牧草地として切り開かれた。
12世紀から14世紀には修道会がこの地を治め、灌漑と道を整えた。ベネディクト会の修道院は山の流水を石積みの段々畑へ導く仕組みを作り、テンプル騎士団の造った屋根の貯水槽や池、穀物倉は今も使われている。家畜を移す道ドライユは12世紀のものが約300キロ遺産の中に残り、ロゼール山では今も夏の移牧がこの道をたどる。
16世紀から18世紀にかけてセヴェンヌは栗と羊と絹の産地となり、人口が増えて大きな農家が建った。蚕の病気と第一次世界大戦の後、人々は大きな町へ移っていった。1970年9月にセヴェンヌ国立公園が設けられ、2011年に約30万ヘクタールが世界遺産に登録されたが、農牧の営みを担う農家は100人以下である。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。