写真: 「140829 Ichiko of Shiretoko Goko Lakes Hokkaido Japan01s5」663highland / CC BY 2.5 / Wikimedia Commons · トリミングあり
知床
Shiretoko
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時間の物差し
前3000年起点 1964年現在
成り立ち
知床の名はアイヌ語の「シㇼ・エトク」に由来し、地山の先や岬を意味するとされる。羅臼側では1880年代から主に富山県からの移住者がタラ漁を中心に漁業を開いた。斜里側の岩尾別と幌別では大正時代から何度か農業開拓が試みられたが、厳しい自然のため1975年ごろまでに入植者は土地を離れた。
1964年に知床国立公園が指定された。開拓跡地を乱開発から守るため、1977年に斜里町長の藤谷豊が「しれとこ100平方メートル運動」を始め、100平方メートルにつき8,000円の寄付を募った。日本で最初のナショナルトラスト運動とされ、1996年度までに49,024件の寄付が集まり、2010年11月9日に最後に残っていた土地の取得が終わった。
2005年、半島の一部と周辺の海域を合わせた71,100haが世界自然遺産に登録された。北半球で最も低い緯度で季節海氷ができ、氷がもたらす栄養が植物プランクトンを増やし、遡上するサケを通じてヒグマやシマフクロウまで陸と海の生態系がつながっている。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。