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バリ州の文化的景観

Cultural Landscape of Bali Province: the Subak System as a Manifestation of the Tri Hita Karana Philosophy
WHC 11942012年登録8.26°S 115.40°EWikipedia 20言語

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時間の物差し
前3000年起点 800年現在

成り立ち

バリ島の棚田は、スバックと呼ばれる水の分け合いの仕組みで潤されてきた。水路と堰を農民の組合が共同で管理し、その中心には水の寺院がある。スバックは9世紀に始まったとされ、11世紀ごろの文書にはすでに「カスワカラ」の名で記されている。

水の寺院の頂点はバトゥール湖畔のプラ・ウルン・ダヌ・バトゥールで、島の泉と川すべての源と考えられている。メングウィ王国の王家の寺院プラ・タマン・アユンは、周りを大きな堀に囲まれている。人と神と自然の調和を説くトリ・ヒタ・カラナの考えが、この仕組みを支えている。

1971年、緑の革命の増産計画がバリに及ぶと、水の配分が乱れ、害虫が大発生した。1980年代末、政府は方針を改め、農業の判断をスバックに戻した。2012年7月6日、5つの棚田と水の寺院からなる計1万9500haが世界遺産に登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。