シラクサとパンターリカの岩壁墓地遺跡
Syracuse and the Rocky Necropolis of Pantalica
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時間の物差し
前3000年起点 前1250年現在
成り立ち
シチリア島南東部のパンターリカでは、前1250年ごろから前650年ごろまで人々が暮らし、石灰岩の崖に数千の墓を掘った。19世紀末から20世紀初めにかけて考古学者パオロ・オルシが発掘した。
前733年、アルキアス率いるコリントス人がオルティージャ島に上陸し、シラクサを築いた。前5世紀に建てられたアテナ神殿はのちに教会となり、17世紀末にバロック様式の大聖堂に生まれ変わった。キケロはこの町を「最も偉大なギリシア都市」と呼んでいる。
前212年、マルケッルス率いるローマ軍が町を落とし、アルキメデスはこのとき殺された。878年にはアラブ勢力が、1085年にはノルマン人が町を取り、1693年の地震のあとバロック様式で再建された。
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