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シエンフエゴスの都市歴史地区
写真: 「Jagua 5843」San Roman, Jorge E. / CC BY-SA 2.5 / Wikimedia Commons · トリミングあり

シエンフエゴスの都市歴史地区

Historic Centre of Cienfuegos
WHC 12022005年登録22.15°N 80.44°WWikipedia 11言語

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時間の物差し
前3000年起点 1819年現在

成り立ち

シエンフエゴスは1819年、スペイン領のキューバ南岸に「フェルナンディナ・デ・ハグア植民地」として築かれた。最初の住民の一部はスペイン人で、ほかにボルドー、ルイジアナ、フィラデルフィアなどから来たフランス系の人々がおり、率いたのはルイジアナ生まれのルイ・ド・クルエである。名はスペイン王フェルナンド7世と土地の首長ハグアにちなむ。

1830年代、町は砂糖の生産と地の利で大きくなり、国内外との交易を認められた。1860年代にはキューバで3番目の都市となり、1853年から1860年にかけて内陸のサンタ・クララとの間に鉄道が敷かれた。町は初め新古典様式で建てられ、のちに折衷様式が加わっても調和のとれた街並みを保った。

独立戦争のあとはアメリカの資本が入り、1914年には州で最も重要な製糖工場の持ち主はアメリカの投資家だった。政庁舎、サン・ロレンソ学校、司教館、フェレール宮殿などが残り、19世紀ラテンアメリカの近代性、衛生、秩序という都市計画の考え方を示す最初の例として、2005年に世界遺産に登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。