ハイファと西ガリラヤのバハイ信教聖地群
Bahá'í World Centre buildings
Wikipediaで記事がある言語の数を、世界での知られ方の目安にしています。行った人・行きたい人の数は、利用者が増えてから表示します。
アプリで記録する
朱印・行きたい・立った年は、iPhoneアプリで記録します。
時間の物差し
前3000年起点 1868年現在
成り立ち
ハイファと西ガリラヤのバハイ信教聖地群は、イスラエル北部の7か所にある建物、記念物、庭園からなり、バハイ教徒の巡礼で訪れる場所である。中心となるのは、バハイ教の創始者バハオラの廟(アッコー近郊バハジ)と、その先駆者バーブの廟(ハイファ)で、バハイ教徒はこの2つを最も神聖な場所としている。
バハオラは家族とともにオスマン帝国のスルタン、アブデュルアズィズによって流刑とされ、1868年8月31日に牢獄都市アッコーに着いた。拘束は1877年に緩められ、1879年からバハジの邸宅に住み、1892年にそこで没した。1891年、バハオラはカルメル山の斜面にバーブの廟を建てる位置を長男アブドル・バハに示した。
バーブの遺骸は1909年3月21日、地元の石で造られた6室の廟に納められた。1949年からその上に上部構造が築かれ、カナダの建築家ウィリアム・サザーランド・マクスウェルの設計で1953年に完成した。建設資金は世界のバハイ教徒が負担し、石材の多くはイタリアで加工されて運ばれた。2008年7月8日、比較的新しい宗教の伝統にかかわる場所として初めて世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。