マラッカ海峡の歴史的都市群、マラッカとジョージタウン
Melaka and George Town, Historic Cities of the Straits of Malacca
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時間の物差し
前3000年起点 1400年現在
成り立ち
マラッカは、王パラメスワラがマラッカ川の河口の漁村に開いた、マレー人の王国の港に始まる。1405年には明の使節が訪れ、鄭和の船団もたびたびこの港に寄った。1511年8月15日、ポルトガルのアフォンソ・デ・アルブケルケが町を攻め落とし、ア・ファモサと呼ばれる要塞を築いた。1641年にはオランダがジョホールと組んで、ポルトガルから町を奪った。
1786年7月17日、イギリス東インド会社のフランシス・ライトがペナン島に上陸し、8月11日に英国王の名で島を正式に領有した。島はクダのスルタンから年6000スペインドルで借りたもので、ジョージタウンは東南アジアで最初のイギリスの居留地となった。町は関税のない自由港としてアジア各地から移民を集め、1826年にマラッカ、シンガポールとともに海峡植民地となって、1832年まではその首府だった。
第二次世界大戦中、2つの町は日本の占領下に置かれた。マラッカにはマレー王国の時代とポルトガル、オランダの時代の政庁や教会、広場、要塞が、ジョージタウンにはイギリス時代の住宅や商館が残る。マレー、中国、インドの人々と3つのヨーロッパの国が重ねてきた町並み、とくに多様なショップハウス(店舗兼住宅)が評価され、2008年に2つの町はまとめて世界遺産に登録された。
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