写真: Agordal / Public domain / Wikimedia Commons · トリミングあり
ドロミーティ
The Dolomites
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時間の物差し
前3000年起点 1791年現在
成り立ち
ドロミーティはイタリア北東部のアルプスにある山群で、3000mを超える峰が18ある。中生代の炭酸塩プラットフォームが、化石とともによく残る。古くは夕焼けで赤から紫に染まる岩の色から「青白い山々(モンティ・パッリディ)」と呼ばれていた。今の名は、この岩を1791年に記載したフランスの鉱物学者デオダ・ドロミューにちなむ。
1790年代には、クラーゲンフルトのイエズス会士フランツ・フォン・ヴルフェンがこの山々の峰に登った記録がある。1857年にはアイルランド人ジョン・ボールがペルモ山に初めて登った。1887年には17歳のゲオルク・ヴィンクラーがヴァヨレット塔の尖塔に単独で初登頂し、この地のフリークライミングの始まりとされる。
第一次世界大戦では、イタリア軍とオーストリア=ハンガリー軍の前線が山中を走り、両軍は地雷を多用した。岩場に固定の手すりやはしごを設けた登山路ヴィア・フェラータの多くは、この戦争中に造られたものだ。2009年、9つの区域からなる約14万2000haが、岩の景観と地質を理由に世界遺産に登録された。
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