月の港ボルドー
port of the Moon
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時間の物差し
前3000年起点 前300年現在
成り立ち
ボルドーはガロンヌ川が三日月形に曲がる岸辺に開けた港町で、その形から「月の港」と呼ばれる。紀元前300年ごろケルト系の部族がブルディガラと名づけた町は、紀元前60年ごろローマの支配下に入り、錫や鉛の交易で栄えた。
12世紀、アキテーヌ女公アリエノールがのちのイングランド王ヘンリー2世と結婚し、ボルドーはイングランド王の領地となった。ワインの交易が町の富の源になり、イングランド支配は1453年のカスティヨンの戦いでフランスに併合されるまで続いた。
18世紀は第2の黄金期で、港はコーヒーや砂糖、藍をヨーロッパへ送り出し、ロンドンに次ぐ世界第2の港になった。王室建築家ジャック・ガブリエルの設計でブルス広場(1735〜1755年)が、1780年には大劇場が造られた。同じ時代、ボルドーの船主たちは約500回の航海で15万人のアフリカ人を奴隷として運んだ。2007年、町の面積の4割が世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。