ソコルル・メフメト・パシャ橋
Mehmed Paša Sokolović Bridge
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時間の物差し
前3000年起点 1571年現在
成り立ち
ボスニア・ヘルツェゴビナ東部ヴィシェグラードでドリナ川に架かる石橋は、オスマン帝国の大宰相ソコルル・メフメト・パシャが命じたものである。彼はこの地方の生まれで、3人のスルタンに仕えて長く権力の頂点にいた。工事は1571年に始まり、1577年に宮廷建築家ミマール・スィナンの設計で完成した。
橋は長さ179.5mで、11の石のアーチの径間は11mから15mある。左岸には直角に曲がる4つのアーチの取り付け道がつく。スィナンはイタリア・ルネサンスと同じ時代の、オスマン古典期を代表する建築家である。
1896年の大洪水で欄干が壊れ、第一次世界大戦で3つのアーチが壊され、第二次世界大戦で5つが傷ついた。1950年から1952年に石で修復された。1945年、イヴォ・アンドリッチが小説『ドリナの橋』でこの橋を描き、2007年に世界遺産に登録された。
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