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ソコルル・メフメト・パシャ橋
写真: 「Visegrad Drina Bridge 1」Julian Nyča / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

ソコルル・メフメト・パシャ橋

Mehmed Paša Sokolović Bridge
WHC 12602007年登録43.78°N 19.29°EWikipedia 52言語

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時間の物差し
前3000年起点 1571年現在

成り立ち

ボスニア・ヘルツェゴビナ東部ヴィシェグラードでドリナ川に架かる石橋は、オスマン帝国の大宰相ソコルル・メフメト・パシャが命じたものである。彼はこの地方の生まれで、3人のスルタンに仕えて長く権力の頂点にいた。工事は1571年に始まり、1577年に宮廷建築家ミマール・スィナンの設計で完成した。

橋は長さ179.5mで、11の石のアーチの径間は11mから15mある。左岸には直角に曲がる4つのアーチの取り付け道がつく。スィナンはイタリア・ルネサンスと同じ時代の、オスマン古典期を代表する建築家である。

1896年の大洪水で欄干が壊れ、第一次世界大戦で3つのアーチが壊され、第二次世界大戦で5つが傷ついた。1950年から1952年に石で修復された。1945年、イヴォ・アンドリッチが小説『ドリナの橋』でこの橋を描き、2007年に世界遺産に登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。