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カマグエイ歴史地区
写真: 「Camaguey rooftops 1」Danleo / CC BY 2.5 / Wikimedia Commons · トリミングあり

カマグエイ歴史地区

Historic Centre of Camagüey
WHC 127022.14°N 80.45°W

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時間の物差し
前3000年起点 1528年現在

成り立ち

カマグエイの前身サンタ・マリア・デル・プエルト・デル・プリンシペは、スペイン人がキューバに築いた最初の7つの町の一つである。最初の集落は1514年か1515年に北岸に置かれ、2度移った後、1528年に今の場所に落ち着いた。そこはカマグエイという名のタイノ人の村があった地である。当初の町は四角く、建物は木材とヤシで造られた。

1616年12月15日、町は火事で焼けた。17世紀初めからは海賊の襲撃や熱帯の嵐にたびたび脅かされた。人々は雨水を大きな素焼きの甕にためるようになり、アンダルシアのものに似たこの甕(ティナホン)から「甕の町」と呼ばれた。1668年の襲撃の後、町の中心は再建され、旧広場は直交する区画に整えられた。17世紀末から18世紀初めにかけて教会や修道院が建ち、その周りに地区ができていった。

町は牧畜と砂糖産業を担う内陸地域の中心として育った。大小の広場と曲がりくねった通り、不規則な街区からなる町並みは、平地に築かれたラテンアメリカの植民都市としては珍しい。1881年以降は近代的な製糖工場ができて再び発展し、1978年に歴史地区が国の記念物となった。54haの歴史地区は2008年7月に世界遺産に登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。