サン・クリストヴァンの町のサン・フランシスコ広場
São Francisco Square
Wikipediaで記事がある言語の数を、世界での知られ方の目安にしています。行った人・行きたい人の数は、利用者が増えてから表示します。
アプリで記録する
朱印・行きたい・立った年は、iPhoneアプリで記録します。
時間の物差し
前3000年起点 1590年現在
成り立ち
ブラジル北東部セルジッペ州のサン・クリストヴァンは、1590年1月に創設された。ポルトガルとスペインが1580年から1640年まで同じ王を戴いていた時代で、ポルトガルはクリストヴァン・デ・バロスを送り、この地を植民地の支配下に置いてサルヴァドールとペルナンブーコの間に安全な港を築かせた。町は丘の上の上町と、港や庶民の家がある下町に分かれた。
サン・フランシスコ広場は上町の中心となり、植民地の行政、軍事、宗教の機関が周りに集まった。1630年代のオランダの侵攻で町と広場の建物は破壊され、オランダ勢は1645年にセルジッペから追い出された。広場を囲むサン・フランシスコ教会と修道院は、住民の寄付によって1693年に建設が始まった。ほかにミゼリコルディア教会と施療院、州政庁舎、18〜19世紀の家々が並ぶ。
サン・クリストヴァンはセルジッペの首都だったが、1855年に首都が海沿いのアラカジュへ移されると、町はゆっくり衰えた。1967年に国の文化財保護機関IPHANが町を記念物に指定した。2010年8月1日、ブラジリアで開かれた第34回世界遺産委員会で広場が世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。