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開城の歴史的建造物群と遺跡群
写真: 「Nam Gate in Kaesong (5063812320)」David Stanley from Nanaimo, Canada / CC BY 2.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

開城の歴史的建造物群と遺跡群

Historic Monuments and Sites in Kaesong
WHC 12782013年登録37.98°N 126.51°EWikipedia 14言語

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時間の物差し
前3000年起点 919年現在

成り立ち

開城は北朝鮮の南部にある町で、古くは松岳と呼ばれた。919年、高麗を建てた王建(太祖)がここを都とし、1394年に朝鮮王朝が漢陽(今のソウル)へ都を移すまで、開城は高麗の首都であった。世界遺産は12の構成資産からなり、風水にもとづく都の配置、宮殿跡の満月台、王建の陵、城壁と門などを含む。

ここには天文と気象の観測台、2つの学校、記念の石碑も残る。高麗の最高学府は1308年に成均館と名付けられ、1592年に焼けたのち1602年から建て直された建物が、1987年から高麗博物館になっている。1290年に架けられた石橋の善竹橋は、高麗に忠を尽くした儒学者の鄭夢周が、朝鮮王朝を開いた李成桂の子、李芳遠の命によるとされる襲撃で殺された場所として知られる。

第31代の恭愍王の陵は、モンゴル出身の王妃が1365年に亡くなったのち造られ、1372年に完成した。こうした建物には仏教、儒教、道教、風水の考えが組み合わされ、東アジアで仏教から朱子学へ移っていく流れを示す。2013年に世界遺産に登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。