ヘラクレスの塔
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成り立ち
ローマ人は1世紀後半、今のスペイン北西部ア・コルーニャにあたるブリガンティウムに、港の入口の高さ57mの岩の上に灯台を築いた。名はファルム・ブリガンティウムで、ファルムはアレクサンドリアの大灯台ファロスに由来する。土台の石には、アエミニウム(今のポルトガルのコインブラ)出身の建築家ガイウス・セウィウス・ルプスがマルス神に捧げた銘がある。もとの塔は今より太く、周りをらせん状の斜路が巻いており、その跡は今も外壁にたどることができる。
知られている最古の記録は415〜417年頃のパウルス・オロシウスによるもので、ブリガンティアの非常に高い灯台に触れている。中世には聖地へ向かう十字軍の船団がここに立ち寄った。塔をめぐる伝説も生まれ、その一つはヘラクレスが巨人ゲリュオンを倒してその首をここに埋めたという話で、市の紋章には今も、どくろと交差した骨の上に立つ塔が描かれている。1682年にはウセダ公の命で、天井を貫いて最上部まで上る木の階段がつくられた。
カルロス3世の治世に海軍技師エウスタキオ・ジャンニーニが塔を改修し、工事は1791年に終わった。34mのローマ時代の芯を残し、その上に21mの階を新たに加えて、高さは55mになった。塔は1931年に国の記念物に、2009年6月27日に世界遺産になった。完全な形で残り、今も船の目印として使われている唯一のローマ時代の灯台である。
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