StoodmarkEN
水銀の遺産アルマデンとイドリヤ
写真: Žiga / Public domain / Wikimedia Commons · トリミングあり

水銀の遺産アルマデンとイドリヤ

Heritage of Mercury. Almadén and Idrija
WHC 13132012年登録46.00°N 14.03°EWikipedia 25言語

Wikipediaで記事がある言語の数を、世界での知られ方の目安にしています。行った人・行きたい人の数は、利用者が増えてから表示します。

アプリで記録する

朱印・行きたい・立った年は、iPhoneアプリで記録します。

成り立ち

スペインのアルマデンとスロベニアのイドリヤは、世界で最も大きな2つの水銀鉱山だった。アルマデンでは古代から辰砂が掘られ、ローマ時代には主に朱の顔料に使われたとみられる。イスラーム時代には辰砂から水銀を取り出す炉が置かれ、地名もアラビア語の「鉱山」に由来する。

16世紀半ば、水銀を使って鉱石から銀を取り出すアマルガム法がアメリカ大陸に広まると、水銀の需要が急増した。アルマデンの水銀の多くはセビリアを経てアメリカ大陸へ送られた。危険な仕事に人が集まらず、1566年から囚人が送られたが、1566年から1593年までの囚人の24%が刑期を終える前に死んだ。鉱山は1645年に国の経営となった。

イドリヤでは1490年に水銀が見つかり、1580年に鉱山はハプスブルク家の政府の経営となった。アルマデンやペルーのワンカベリカの供給が滞ると、イドリヤがスペイン帝国の銀鉱山に水銀を送った。アルマデン鉱山は2002年に採掘をやめ、2012年に両者は1つの世界遺産として登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。