写真: 「Shushtar Historical Hydraulic System Darafsh (6)」Darafsh / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり
シューシュタルの歴史的水利施設
Shushtar Historical Hydraulic System
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時間の物差し
前3000年起点 前500年現在
成り立ち
シューシュタルの歴史的水利施設は、イラン南西部フーゼスターン州の町シューシュタルで、カールーン川の水を分けて町と畑に送るための堰、橋、運河、水車の仕組みである。起源は紀元前5世紀、アケメネス朝のダレイオス1世の時代にさかのぼるとされ、今の形は3世紀のササン朝期に整った。
要となったのは、長さ約500mの橋を兼ねた堰バンデ・カイサル(カエサルの堰)である。ペルシアの言い伝えでは、260年のエデッサの戦いでシャープール1世に捕らえられたローマ皇帝ウァレリアヌスの兵たちがこれを築いたという。この話は9〜10世紀の歴史家タバリーとマスウーディーが書き残したもので、細部までそのまま信じることはできないとされる。
川から分かれたガルガル運河は今も町に水を送り、トンネルを通って水車を回している。運河に挟まれた南の平野ミアーナーブでは約4万haが灌漑され、果樹園と畑が広がる。バンデ・カイサルは19世紀後半まで使われ、一帯は2009年にイラン10件目の世界遺産となった。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。