コンソの文化的景観
Konso Cultural Landscape
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成り立ち
コンソはエチオピア南西部の高地で、石積みの段々畑と、石垣で囲まれた町が広がる乾いた土地である。口承によれば、コンソの人々は約21世代前、およそ400年前にこの地へ移り住んだ。19世紀の終わりに、メネリク2世のもとでエチオピア帝国に組み込まれた。
斜面の段々畑は高さ8mに達するものもあり、雨による浸食を防ぐために家族総出で築き、手入れしてきた。丘の上の町パレタは1〜6重の玄武岩の石垣に囲まれ、中には集会と儀礼の場モラがある。世代が替わるごとに玄武岩の石柱ダガ・ヘラが立てられ、亡くなった人をしのぶ木像ワカは、本人や妻たち、倒した敵とともに群像として並べられる。
最初の推薦の範囲は55km²だったが、改めた推薦では230km²に広がった。ICOMOSは2011年に登録の延期を勧告したが、同じ年の第35回世界遺産委員会は登録を決め、コンソはエチオピアで最初の文化的景観となった。木像ワカは値が付くようになって盗難が心配され、一部は石垣の内側に移されている。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。