アルビの司教都市
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成り立ち
アルビは南西フランス、タルン川のほとりの町である。川に突き出た高台には青銅器時代から人が住み、5世紀にはすでに司教座が置かれていた。10世紀に記録に現れるサン・サルヴィ地区と、11世紀前半にタルン川に架けられた旧橋(ポン・ヴィユー)が、中世初めの町の広がりを伝えている。旧橋は7つのアーチをもち、長さは150mを超える。
12世紀、この地方ではカタリ派、またはアルビ派と呼ばれる人々が力を持ち、ローマ教会から異端とされた。1208〜1209年と1224〜1229年の2度の十字軍のあと、教会は力で信仰を立て直し、アルビは司教が領主として治める町になった。司教たちは十字軍の終わりごろ、川を見下ろす要塞のような司教館ベルビ宮を築き始めた。1276年に司教となったベルナール・ド・カスタネが新しい大聖堂に着手し、その本体は1282年から1390年にかけて地元のれんがで建てられた。
サント・セシル大聖堂は翼廊も側廊もない長さ97mの身廊をもち、外から見ると信仰の要塞のようである。15〜16世紀には司教ルイ1世とルイ2世・ダンボワーズが内陣仕切りや彫像、壁画で内部を飾り、大聖堂は1480年4月23日に献堂された。壁と天井をおおう壁画は約1万8500m²に及ぶ。ベルビ宮はいまトゥールーズ=ロートレック美術館となり、町は2010年に世界遺産に登録された。
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