アルダビールのシェイフ・サフィー・ユッディーンの修道院と聖者廟複合体
Sheikh Safi al-Din Khānegāh and Shrine Ensemble
Wikipediaで記事がある言語の数を、世界での知られ方の目安にしています。行った人・行きたい人の数は、利用者が増えてから表示します。
アプリで記録する
朱印・行きたい・立った年は、iPhoneアプリで記録します。
時間の物差し
前3000年起点 1334年現在
成り立ち
アルダビールはイラン北西部の町で、スーフィー教団の指導者シェイフ・サフィー・ユッディーンの生地である。1334年に彼が亡くなると、息子のサドルッディーン・ムーサーが墓廟を建てた。サフィーの教団はのちにサファヴィー朝を生み、この廟には王朝を開いたイスマーイール1世も葬られている。
建物群は16世紀初めから18世紀末にかけて整えられ、図書館、モスク、学校、霊廟、貯水槽、病院、台所、パン焼き場、事務所が狭い敷地に収められた。シェイフの墓へ向かう道は7つの区画に分かれてスーフィズムの修行の7段階を表し、区画を隔てる8つの門は8つの心構えを表す。墓廟は青いタイルで飾られた高さ約17mの円筒形の塔である。
隣の中国の間(チニ・ハーネ)には、アッバース1世の陶磁器の収集が納められていた。廟は1932年にイランの国の文化財に登録され、2010年に世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。