タブリーズのバザール
Tabriz Bazaar
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時間の物差し
前3000年起点 1780年現在
成り立ち
タブリーズは古代から東西を結ぶ交易路の上にあり、そのバザールはシルクロードで最も重要な商業の中心の一つだった。10世紀のムカッダスィー、13世紀のヤークート、旅人マルコ・ポーロ、イブン・バットゥータなど、多くの人がこのバザールについて書き残している。
13世紀には町もバザールも豊かで名高く、16世紀にタブリーズはサファヴィー朝の都となった。都でなくなった後も、18世紀末まで大きな商業の拠点であり続けた。寄進の制度と税の免除が、商人と人を引き寄せた。ユネスコは、ここが12〜18世紀にアジアと世界で最も重要な交易と文化の中心の一つだったとしている。
1780年の地震の後に建て直されたれんがの建物が、今のバザールの姿をつくっている。屋根でつながった通りは、金や宝石、手織りのじゅうたん、靴など品物ごとに分かれ、隊商宿やモスク、学校もある。1975年に保護の対象となり、2000年から店主たちも加わって修復が進められた。2010年に世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。