写真: 「Overview of St. Simeons from the North Syria」Xvlun~commonswiki / CC BY-SA 2.5 / Wikimedia Commons · トリミングあり
シリア北部の古代村落群
Dead Cities
Wikipediaで記事がある言語の数を、世界での知られ方の目安にしています。行った人・行きたい人の数は、利用者が増えてから表示します。
アプリで記録する
朱印・行きたい・立った年は、iPhoneアプリで記録します。
成り立ち
シリア北西部、アレッポとイドリブの間の石灰岩の高地に、1世紀から7世紀の村々が残る。8つの考古公園にまとめられた約40の村には、住居、異教の神殿、教会、貯水槽、浴場が残り、ローマ帝国の異教の世界からビザンティンのキリスト教への移り変わりを示す。
アレッポの北西約30kmには、柱の上で暮らし459年に没した修道士シメオンの柱を囲む聖シメオン聖堂がある。八角形の中庭から4つのバシリカが十字形に延び、490年に完成した。巡礼者が聖遺物として削り取ったため、柱は高さ約2mの塊になった。
村の多くは8世紀から10世紀に捨てられた。2011年に「シリア北部の古代村落群」として世界遺産に登録され、同年3月に始まった武力紛争のため2013年から危機遺産となっている。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。