小笠原諸島
Ogasawara Archipelago
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時間の物差し
前3000年起点 1675年現在
成り立ち
小笠原諸島は日本列島の南約1,000kmの北西太平洋に浮かぶ島々である。名は1593年に小笠原貞頼が発見したという伝説に由来するが、1722年に子孫を名のる者が出した発見の主張は偽りとされた。1675年には幕府が船を送って島を調べたものの、開発はしなかった。
1827年、イギリス海軍のビーチーがブロッサム号で父島に来て領有を宣言した。1830年にはナサニエル・セイヴァリーら欧米人と太平洋諸島出身者がハワイから父島に移り住み、1853年にはペリーが寄港した。幕府は1862年に咸臨丸で外国奉行の水野忠徳らを送り、明治政府は1876年に日本の統治を各国に通告した。
第二次世界大戦後、島はアメリカの施政下に置かれ、1968年6月26日に日本へ返還された。現在人が住むのは父島と母島だけである。木本植物の固有率は最大70%、100種を超える在来の陸産貝類の90%以上が固有種で、2011年に海洋島の進化の過程を示す自然遺産として登録された。
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