ベト・グヴリン=マレシャ国立公園
Beit Guvrin National Park
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時間の物差し
前3000年起点 前800年現在
成り立ち
ユダヤ低地の柔らかく均質な白亜の地下には、古代の町マレシャとベト・グヴリンの下に約3,500の地下室が掘られている。メソポタミアとエジプトを結ぶ交易路の交わる場所で、古い方の町マレシャが築かれた紀元前8世紀から十字軍の時代まで、2,000年以上にわたって使われた。地下室は貯水槽、オリーブ油の搾り場、浴場、鳩小屋、家畜小屋、礼拝所、隠れ場所となり、町の外れでは墓になった。
マレシャはユダ王国の町だったが、紀元前586年のユダ滅亡後はエドム人の町となり、紀元前332年のアレクサンドロスの征服以降はマリッサの名でギリシア化した。ハスモン朝のヨハネ・ヒルカノスが紀元前113/112年ごろにこの町を奪い、紀元前40年にパルティアに破壊されて捨てられた。その後は近くのベト・グヴリンが中心となり、3世紀初めにローマの都市エレウテロポリスとして再建された。
墓地には「シドン人の墓」と呼ばれる彩色壁画の家族墓があり、碑文には「マリッサのシドン人の長アポロファネス」の名が刻まれている。遺跡は現在ベト・グヴリン=マレシャ国立公園の一部で、2014年に世界遺産に登録された。
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