ワディ・ラム
Wadi Rum
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成り立ち
ヨルダン南部、サウジアラビアとの国境に近いワディ・ラムには、1万2000年にわたって人が暮らした跡がある。2万5000の岩の刻画と2万の碑文、154の遺跡が残り、新石器時代からナバテア時代までの暮らしを伝える。サムード文字、ナバテア文字、アラビア文字の碑文は、牧畜の人々の間に読み書きが広がっていたことを示す。
前13世紀から前6世紀には、この地はエドム王国の一部だったとされる。1933年にはナバテア人の神殿が見つかった。2025年4月には、ラムセス3世の名を記したエジプトの王の碑文がヨルダンで初めてここで見つかったと発表された。
1997年に保護区となり、2011年に文化と自然の複合遺産として世界遺産に登録された。1980年頃に移り住んだザラビアのベドウィンが、今は住民の大半を占める。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。