上都
Xanadu
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時間の物差し
前3000年起点 1256年現在
成り立ち
万里の長城の北、モンゴル高原の南東の端の草原に上都の遺跡がある。1256年、モンゴルの君主クビライに仕えた漢人の顧問劉秉忠が、山を北に、川を南に置く風水にしたがってこの町を設計した。初めは開平と呼ばれた。
上都は1263年から1273年までクビライの最初の都で、元を開いた後の1274年から1364年までは夏の都となった。外城、内城、宮殿の3重の構えで、13世紀には仏教と道教の論争がここで開かれ、チベット仏教が北東アジアに広がるきっかけとなった。
1369年、明軍に略奪されて大きく壊され、町は捨てられた。寺院、宮殿、墓、遊牧の野営地、鉄幡竿の水路の跡が残る。2012年に世界遺産に登録された。
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