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エスファハーンのジャーメ・モスク
写真: Hamidespanani / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

エスファハーンのジャーメ・モスク

Jameh Mosque of Isfahan
WHC 13972012年登録32.67°N 51.69°EWikipedia 53言語

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時間の物差し
前3000年起点 841年現在

成り立ち

エスファハーンのジャーメ・モスク(金曜モスク)は、841年から12世紀にわたって建て継がれてきた。アッバース朝、ブワイフ朝、セルジューク朝、イルハン朝、ムザッファル朝、ティムール朝、サファヴィー朝の各時代の手が重なっている。広さは2万m²を超える。

大きな変化はセルジューク朝の時代に起きた。1050年にエスファハーンを都とした後、1086年から1087年に宰相ニザームルムルクが礼拝の方向の前にドームを建て、1088年から1089年にはその政敵タージュルムルクが北側にもう1つのドームを建てた。中庭の四方に大きなイーワーンを開いた形は、サーサーン朝の宮殿の配置をイスラームの宗教建築に初めて取り入れたもので、その後イランと中央アジアのモスクの手本になった。

14世紀にはイルハン朝のオルジェイトゥが1310年の銘をもつ漆喰のミフラーブを加え、17世紀には今のミナレットが建てられた。1984年の空襲で壊れた部分は再建された。モスクは今も礼拝に使われ、バザールの一部をなしている。2012年に世界遺産に登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。