エスファハーンのジャーメ・モスク
Jameh Mosque of Isfahan
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時間の物差し
前3000年起点 841年現在
成り立ち
エスファハーンのジャーメ・モスク(金曜モスク)は、841年から12世紀にわたって建て継がれてきた。アッバース朝、ブワイフ朝、セルジューク朝、イルハン朝、ムザッファル朝、ティムール朝、サファヴィー朝の各時代の手が重なっている。広さは2万m²を超える。
大きな変化はセルジューク朝の時代に起きた。1050年にエスファハーンを都とした後、1086年から1087年に宰相ニザームルムルクが礼拝の方向の前にドームを建て、1088年から1089年にはその政敵タージュルムルクが北側にもう1つのドームを建てた。中庭の四方に大きなイーワーンを開いた形は、サーサーン朝の宮殿の配置をイスラームの宗教建築に初めて取り入れたもので、その後イランと中央アジアのモスクの手本になった。
14世紀にはイルハン朝のオルジェイトゥが1310年の銘をもつ漆喰のミフラーブを加え、17世紀には今のミナレットが建てられた。1984年の空襲で壊れた部分は再建された。モスクは今も礼拝に使われ、バザールの一部をなしている。2012年に世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。