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レブカの歴史的港町
写真: 「ChurchLevuka」I, Anton Leddin / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

レブカの歴史的港町

Levuka Historical Port Town
WHC 13992013年登録17.68°S 178.83°EWikipedia 8言語

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時間の物差し
前3000年起点 1820年現在

成り立ち

レブカはフィジーのオバラウ島東岸にある港町だ。1820年ごろから欧州人の商人や入植者が住みつき、礁に守られた港はナマコ交易の積み替えと情報の拠点となった。初期の欧州人は先住民のレブカ村の中や近くで、フィジー式の家に暮らしていた。

19世紀半ばになると綿花に関わる入植者が増え、町はプランテーションへ送られる労働者の中継地にもなった。1870年には先住民以外の人口が2000人を超え、海岸の埋め立てでビーチ・ストリートができた。メソジストとカトリックの伝道団が教会や学校を建て、1869年にはフィジー初の新聞『フィジー・タイムズ』がここで創刊された。

1871年にフィジー王国が成立すると、セル・エペニサ・ザコンバウがレブカで王に即位した。1874年にフィジーが英国に割譲されると町は植民地の首都となったが、背後に迫る急な丘のために広がる余地がなく、首都はスバへ移され、1882年に移転が正式となった。その後もコプラの積み出し港として使われた町並みは、2013年に世界遺産に登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。