タフテ・バヒーの仏教遺跡群とサハリ・バハロールの近隣都市遺跡群
Buddhist Ruins of Takht-i-Bahi and Neighbouring City Remains at Sahr-i-Bahlol
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成り立ち
タフテ・バヒーは、パキスタン北西部マルダーンの近く、丘の上に建つ仏教僧院の遺跡である。1世紀初めに創建され、7世紀まで使われた。遺跡からは、インド・パルティア王国の王ゴンドファルネスの名を刻んだ碑文が見つかっている。ユネスコは、パキスタンで最も完全に残る仏教僧院としている。
建物は、地元の石を灰とモルタルで積んだガンダーラ特有の工法で造られている。主ストゥーパの中庭、奉献ストゥーパの中庭、瞑想の小部屋が並ぶ僧坊、集会所が残る。丘の上にあったため、たび重なる侵入を免れた。約5km離れた平地のサハリ・バハロールは、同じ時代のクシャーナ朝の小さな城壁都市である。
1836年にフランスの将校がこの遺跡に触れたのが、近代の最初の記録である。発掘は1864年に始まり、1920年代に大きな修復が行われた。仏陀の生涯を表した彫刻などはペシャワール博物館に移された。1980年に世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。