グラン=プレ
Grand-Pré
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時間の物差し
前3000年起点 1680年現在
成り立ち
グラン=プレはノヴァスコシア州のミナス湾に面した干潟の湿地である。17世紀後半、ポール・ロワイヤルから移ったピエール・メランソンの一家を最初に、フランス系の入植者アカディア人がここに住みついた。彼らは堤防と水門アボワトーを築いて干潟を牧草地と畑に変え、村はアカディアの穀倉と呼ばれるまでになった。
1755年、イギリスはアカディア人の追放を始めた。8月19日にジョン・ウィンスロー中佐が部隊とともに着いて教会に本営を置き、9月5日に男たちを教会に集めて財産の没収と追放を告げた。最初の1年でファンディ湾一帯から6000人以上が送り出され、1763年までに追放された人は1万2000人に及んだ。土地はその後、ニューイングランドからのプランターと呼ばれる入植者に引き継がれた。
1847年にロングフェローの詩『エヴァンジェリン』が出ると、グラン=プレは再び知られるようになった。1907年にアカディア人を母にもつジョン・フレデリック・ハービンが教会跡とされる土地を買い、1920年にはエヴァンジェリン像、1922年からは記念教会が建てられた。干拓地と記念の場は2012年に「グラン=プレの景観」として世界遺産に登録された。
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